「インターネット社会の現代に生まれてよかった。」そう切実に思うことが最近よくある。現代はスティーブ・ジョブズ氏とアップルが主に作り出した、個人に力が与えられている時代である。”Change the world one person at a time.“これはアップルが設立当初から掲げ続けた一つの理念であり、現代は変化した後の時代という見方ができるだろう。僕がこの時代に生まれてよかったと感じる瞬間は、先人の途方も無いほど美しく洗練された知恵や経験というものを目の当たりにするときである。自分のちっぽけな頭では一生かかっても生み出すことのできないような、とんでもなく洗練された情報を僕たちはいとも容易く手に入れることができるのである。

僕自身は平成生まれであり、様々な情報端末やインターネットのもたらした劇的な革命劇を子供の時にこの目で見てきた。バカでかくて、叩くとポンポン音が出そうな箱型のPCが、親の書斎の片隅にデンと置いてあり、たまに時間を見つけてはいじくり回して遊んだりした。僕が小学生だった頃のその当時、僕は名前こそ理解していなかったものの、検索エンジンの検索ボックスに言葉を並べては、そこから得られる情報に感嘆の声を漏らしたりした。だが、当時僕自身が入手できた情報には限りがあり、というかGoogle検索を手軽にいつでも利用できる環境ではなく、何か知らない単語があった時には、日本語辞典を引いたり、分厚い広辞苑を開いたりしていたのである。その頃YouTubeという、何やら動画をインターネットで見ることができるサービスが話題になったりし、パソコンというものに興味を持つようになっていた。それから中学に入る頃には、電子辞書というものを手元に持つようになり、より多くの情報、すなわち英英辞典だったりブリタニカ字典だったりを、いつでも手軽に参照することができるようになったりした。それから当時電話やメールをする用にと親に買ってもらったガラケーを駆使し、Web検索をさらに日常的に利用することができる環境を手に入れるに至った。その後は、ガラケーがiPhoneに代わり、いつの間にか自分のPCを持つようになり、最終的にはMacbookを手に入れた。

僕が小学生の頃の最強の情報源であった分厚い広辞苑はもはや意味をなさなくなり、今ではiPhoneやMacbookを利用してインターネットにアクセスすることで、より多様で価値のある情報を取得できるようになったのである。こうした変化を僕たちミレニアル世代(厳密には少しズレる概念かもしれないが)は、至極当然のように感じているかもしれないが、この変化を真に理解して役に立てようと考えている人はあまり多くないのではないか、というのが僕の考えていることである。アップルの目指した未来である、個人が持てる力の増大から、個人は大きな利益を享受している訳である。

僕が生まれた翌年に行われたAppleの”Think different”のキャンペーンのことをMacbookを少しカタカタするだけで知ることができるし、「ホリエモンドットコム」を見れば日本社会に大きな影響を与えている堀江貴文氏の最新の言葉をいつだって入手することが可能だし、世界で今起きていることを知りたければQuartzから毎日英語のメルマガを受け取ることだってできる。欲しい本があるならAmazonで1分とかからず注文でき翌日には家に配送されるし、孫さんが過去に行った素晴らしいプレゼンだってYouTubeでいつだって見ることができる。

逆に言えば、本当に価値のある情報を、いつだって誰だって簡単に入手することのできるこの時代は、新しい格差社会を生み出すとも言える。それは情報の格差である。デジタルデバイドという言葉が叫ばれることもあるが、それとは厳密には異なる、より本質的な情報を入手することができるかどうかという格差である。ビッグデータなどと言われ、Twitterを筆頭にして雑多な情報が無限に溢れる現代に置いて、本当に重要なことは情報は量だけではなく質が求められる時代になってきていると言える。iPhoneとMacbookを所有しているという、同じような環境下にいる二人の人間が、本質的には決定的に異なる人生を歩むことがあるということである。もちろんここで言いたいことは、Twitterの情報が不要な情報であるとか、テレビの情報が価値のない情報であるとかそういうことでは決してない。Twitterにも価値ある情報は無数に存在するし、意味ないと言われることの多いテレビの情報であっても人にとっては非常に貴重な価値を持つこともある。大事なことは、自分にとって本当に価値のある情報かどうかということ、だから特に正解というものはない。だが、それでもこの情報の格差が広がっていくことは間違いないだろう。

このブログでは、僕自身が価値のあると考える情報を惜しみなく提供していきたいと思っている。それは僕が価値を感じている書籍やイベント、尊敬する人物、あるいは僕自身の考える思考そのものも一部に含まれる。「価値ある情報とは何か」その問いに答えることは容易ではないが、少しでも読者にとって、今後の人生にいい意味で大きく影響を与えるような情報を提供できればと思っている。